So-net無料ブログ作成
検索選択

コラム:米政府要人の口先介入で円高は進むか

植野大作 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト

東京 21日]
トランプ米新政権の発足後で初めてとなる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が先週末にドイツで開催された。ムニューシン米財務長官の「G20デビュー」とあって、国内外のドル円ファンの注目度は非常に高かった。

「ドルベア(弱気)派」はムニューシン財務長官によるドル高けん制コメントの配信を期待していた一方、「ドルブル(強気)派」は警戒して身構えていた。ただ、G20開催に先立ちショイブレ独財務相と会談したムニューシン財務長官は「長期的に見た最善の利益という点で、ドルの上昇は良いこと」などと発言、市場に失望と安堵が同時に広がった。その後の麻生太郎財務相との会談でも「日米通貨摩擦」を連想させるような発言はなかったようだ。

G20終了後に公表された声明文を見ても、為替については「過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを再確認」「通貨の競争的な切り下げを回避することや競争力のために為替レートを目標とはしない」など、従来の表現が踏襲されていた。ひとまず無難なイベント通過になったと言えるだろう。

<消えていない日米通貨戦争の可能性>

だが、安心するのはまだ早い。ムニューシン財務長官によるこれまでの発言履歴を見る限り、「長期的なドル高の重要性」について繰り返し述べつつも、「短期的なドル高の悪影響」に言及する時もあり、発言内容は必ずしも安定していない。

米国で為替売買介入の権限を握っているのは財務長官だが、為替口先介入の方向性に関しては、金融政策や財政政策のように、意見の違う人々の主張を多数決などのルールに則して集約する仕組みが確立されていない。このため、日米ともに財務相以外の政府要人らの為替に関する発言が、思わぬ乱高下を引き起こすケースもしばしばある。

2月の日米首脳会談のあと、トランプ大統領は日本の金融政策や通貨政策に対する「口撃」を封印しているが、面談する相手や場所によって発言の内容をコロコロ変えるのは彼の特技だ。いつまた批判を再開するのかしないのか、本人以外には分からない。

3月に入って、米国ではナバロ国家通商会議委員長が日本の非関税障壁に対する不満を述べたほか、ロス商務長官も他国の通貨安政策を批判したと解釈される発言を連発している。この先、トランプ大統領以下の米政府要人が、日時不定で為替市場に波乱を呼ぶ発言を配信する可能性は否定できない。

特に、4月から始まる日米経済対話には要注意だ。米国の通商閣僚らを中心に、日米貿易不均衡を問題視する発言が相次ぐなら、「日米通商摩擦の再燃=円高・ドル安」との連想が、為替市場の一部で盛り上がる可能性はある。対して、日本政府の要人がカウンターで発言するなら、非常に不毛な「日米通貨戦争勃発」との印象が市場に広がるかもしれない。

ただし、米政府要人による口先介入の神通力だけでは、ドル円相場に短期的なショックを引き起こすことはできても、長期的なすう勢までコントロールすることはできないだろう。そのように考えている理由として、以下4点を挙げておきたい。

<「強い米国」と合致しない「弱いドル」>

第1に、近年の為替市場の規模の膨張や参加者の多様性の増大などを勘案すると、特定の個人や組織が口先で「望ましい為替相場」の方向に対する想いを伝えるだけで、長期的な通貨のトレンドを支配するのは恐らく無理な時代になっていると思われる。

国際決済銀行(BIS)が昨年4月に行った出来高調査によれば、1日平均の「ドル円」売買金額は9020億ドルだった。当時の平均レートである1ドル=109.65円、年間の為替営業日数=約250日として換算すると、ドル円市場の売買金額は年率2京4700兆円にも達していた計算になる。

為替市場よりはるかに規模が小さい国内外の債券・株式市場でも、金利株価は政府の意のままに操ることはできない。天文学的な金額の売買が日々飛び交っている為替市場において、日本の首相や財務大臣が言霊(ことだま)の力で円の水準や方向を操作できないのと全く同じ理由で、米国の大統領や主要閣僚であっても、ただ発言するだけでは、恐らく一時的なショックを市場に与えられるだけだ。ドル円相場のすう勢まで支配するのは難しいだろう。

第2に、トランプ政権が目指している経済・軍事政策の方向性と合致していない口先介入によるドルのトーク・ダウンには限界がある。

米大統領府のサイトで公開されているトランプ政権の公約を見ると、「経済成長率4%を実現して強い経済を取り戻す」「国防費を増額して世界最強の米国軍を強化する」などの主張が列記されている。世界最強の経済と軍隊を強化する政策を進めながら、為替市場への口先介入だけでドルの価値をすう勢的に減価させ続けるのは長期的には難しそうだ。

また、本当に実施する気かどうか分からないが、トランプ大統領は「国境調整税を導入して米国の貿易赤字を退治する」とも主張している。実際にそんな政策を実施したなら米国の貿易赤字はドル安にしなくても減る力が働くので、逆にドル高圧力が発生する可能性も指摘されている。

そもそも、国境調整税で輸入品に税負担を求めた場合、原材料や部品、生活必需品が値上がりして苦しむのは米国の企業と国民なので、税負担の上昇分と同じ割合でドル高にならないと、経済に深刻な打撃が及ぶ。「国境調整税による貿易赤字削減」は、その成り立ちからしてドル高圧力の発生を前提にした政策である。

<孤高の利上げ観測がもたらすドル高圧力>

第3に、米国の大統領に就任後、トランプ氏のドルに対する考え方が微妙に揺らいでいるきらいもある。2月9日、一部の米系メディアは具体的な日付は不明としながらも、大統領が深夜3時に国家安全保障担当のフリン(当時)補佐官に電話をして「強いドルと弱いドルのどちらが米国経済にとって良いのか」と尋ねたエピソードを紹介して話題になった。

ドル高には米国の輸出競争力を減退させる弊害がある一方、輸入物価の下落を通じて国内需要を刺激するプラス面もある。逆にドル安を進め過ぎると米国の輸出競争力が向上する一方で輸入物価は大幅に上がるので、苦しむのは米国の消費者や零細企業だ。

米国の大統領は、行政府の最高権力者であると同時に米国軍の最高司令官も兼ねている。世界中で過激派組織と戦う米国の兵隊に持たせる武器やドルは強い方が良いに決まっており、恐らく「米国にとって望ましいドル政策」に関して、様々な立場や考え方の人々からの意見がトランプ大統領の耳に入っているのだろう。

第4に、主要通貨圏で米国だけに「孤高の利上げ観測」が発生している現下の局面では、口先介入によるドル安誘導に強力な推進力を期待するのは難しい。この先、米国に景気失速懸念が台頭して利下げ観測に由来するドル安圧力が強まっている時期にドルのトーク・ダウンを試みるなら強力な効果を発揮しそうだが、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が「年内3回」の利上げ見通しに自信を示している間は、難しそうだ。

いずれにしろ、米国の現政権が実際に行っている諸政策とのチグハグ感が否めない状態では、為替口先介入によるドル安誘導に賞味期限の長い神通力を期待するのは難しい。為替相場の循環変動を決める要素はたくさんあり、人によって「何を重視すべきか」の好みはあって然るべきだが、筆者は「要人発言」にあまり重きを置いていない。すう勢判断の軸足はファンダメンタルズに置く姿勢を維持したいと考えている。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:マネー

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。